寝る部

常識にとらわれない新しい〝快眠〟を日々探求しているブログ

無性にやりたいことがある。でもそれが何かわからない。そういうことってあなたはないですか?

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こんにちは。

 

私は現在、京都に住んでいます。

 

埼玉生まれの私が京都に住み始めたのは大学からですから、もうかれこれ15年以上、人生の半分を京都で過ごしていることになります。

 

京都の夏は暑いし、冬は寒い。せいぜい台風が来ないことだけが救いだと思っていましたが、ついにこの前の9月、台風で1日近い停電が起こりました。それなのにだらだらとまだ京都にずっと住み続けているのはなぜなのかということを考えてみましたところ、やはりこれは無意識下による欲求ではないかと考えが行き着きました。あなたは、無意識とは人間の95%を支配していることをご存じですか?よっぽど意識的なことよりも、この無意識下の何かしらの欲求の方があなたの行動を決定づけているのです。

 

そして、私のその無意識下の欲求には何があったのかということについに気づきました。

 

今も鼻に当てるとまだその残り香が染みついているこの手で、その思いをあなたに綴りたいと思います。

 

■出会った瞬間は、いかに自分にとって大切で必要かに気づかなかった。

最初の出会いは高校の修学旅行で京都に来た時でした。

 

しかし、いわばメインというよりも、〝サブ〟的ポジションだったので、その大切さに気づかなかった。周りの人も「なんかちょっとお店がさみしいし、ちょっとした客引きの賑やかし的存在として置いたらええんちゃうか。」程度の目的だったのでしょう。そういう〝おざなり感〟を嗅ぎ取ったせいで、高校生の私はそのことについて深く考えることはありませんでした。その時重大な失敗を犯していたことにも気づかず。私はあんこの八つ橋を買い、「ようじや」に行ってあぶらとり紙を買い、その出会いのことはずっと忘れていたのです。

 

しかしながらやはり私の記憶の奥底には、その日衝撃的な出会いの記憶がしっかりと刻まれていたようです。

 

一瞬だけ「あ、好きかも。」と確実に思った。「なんだかとても柔らかそうだな。」と確実に。でもその〝好きという思い〟が、私の有意識に認識されることはなく、そのままほったらかしになってしまった。あるいは有意識の方は、同種で別の柔らかな存在への憧憬と見誤って認識されていた。しかしながら〝柔らかい、ナイスな物〟というのは、必ずしも一つのみとは限らなかったのです。ここに大きな間違いがあった。私はわかりやすい目的だけを目指して人生を空費し、いつまでもいつまでも「なんかちょっと違うんだよなー」を味わい続けることとなったのです。

 

いまいちしっくり来ない気持ち悪さにまとわりつかれるがまま、私は京都大学をがむしゃらに目指してみたり、いつまでもこの土地へ根強い執着を抱いたり、どうにかして晴らそうと努力していました。なんか無性にやりたいことがある。だけれども、それが何かわからない。そういうことって、あなたはないですか?

 

■金額の高さにおそれおののく。だがしかし…………

「あ、俺にはあれが必要だったんだ……」

先日、特に前触れもなくそれを悟りました。

 

でも思えば長くかかったもの。考えてみますと〝京都に住んでいて買うなんてなんか損〟という固定観念が余計この私の欲求を濁らせて、見えにくくさせてしまっていたらしい。京都以外の人が買うから価値がある。だから京都に住んでいる奴が買うのはなんかちょっと損じゃないか。というくだらない損得勘定もこの悟りに到達することを阻んでいました。いやあ、皮肉なものですね。求める気持ちが強いがあまり京都に住んだのに、そのせいで逆に余計自分が枯渇しているものと遠ざかってしまったのですから。

 

とまれインターネットでなにげなく調べてみたのが先週のことでした。

「高っけ!」

実に本体と同じくらいの移動の料金がかかることに驚きました。信じがたい金額でした。離島に住んでいるのならばまだしも、まして私は京都に住んでいる。つまり京都→京都の移動にお金がかかるのです。まず許されることではありません。

 

でもそれがどーした?と思いました。

 

もはや20年近く求めていたものを手に入れるために、どうして今その程度の値段をケチる?そもそもその程度の金をケチってきたことが、いつまでもだらだらとパッとしない人生を送っている原因なのではないか?「はてなブックマーク」では青色のスターが有料で売られているのです。黄色のスターでも別にいいのです。違いはなにもない。「だれが買うかよ。」とまず思いましたが、「はてなブックマーク」を色々徘徊していると、意外にもあちこちで色付きのスターがあったから驚きました。買っている人がいる!そう。ものの価値とは人によって違うものなのだ。

 

そう考えると、私はいかに器が小さいか。修学旅行は20年前ですから、かれこれ、その期間、私はささやかな値段をケチり続けていたと言ってもよいのです。

 

私は目をつぶりました。右手をマウスに添えました。そしてついに「注文を確定する」ボタンをヤケ気味にクリックしました。

 

それからパソコンデスクから素早く立ち上がり、15分くらい部屋の中を早足で歩き回っていました。

 

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3日後に届きました。

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開けました。

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蓋も開けました。

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取りました。

 

■20年の呪縛が解かれた開放感だった!

 

今、私は20年の呪縛が解かれた感動をこのようにブログに綴っております。

 

いうなれば借金を完済したような気持ちと申しましょうか。長い間苦しめられていた足首の捻挫がようやく治りかけてきた時の、あの〝痛気持ちよさ〟とでも申しましょうか。ともかくそのようなタイプの、〝安堵〟に近い感動でした。

 

やはりもちもちの柔らかい八つ橋の皮と、生チョコは最高の組み合わせでした。

「八つ橋といえばあんこでしょ。」

そう思っているあなたこそ、危ない。私はビートルズや、シェイクスピアや、ポテチの「うすしお」が好きな、とにかく〝スタンダード好き〟な男。あなたももしも私と同じようななにごとにおいてもスタンダードタイプを求めるタイプでしたら、私のような「京都の呪縛」に気づかないうちに苦しんでしまっている可能性があるのかもしれません。

 

HANNARI(はんなり) (生八つ橋 生チョコ 10個入)

HANNARI(はんなり) (生八つ橋 生チョコ 10個入)

 

 

無意識下に隠れたあなたの本当の欲求はなんですか?

 

ささいなことだからこそ気づかないということはありませんか?

 

どうやらチョコ八つ橋をあまり舐めてはいけないみたいです。