寝る部

常識にとらわれない新しい〝快眠〟を日々探求しているブログ

連載ブログ小説『せんぱいせんぱいせんぱい乾杯、せんぱいサンライズ』第12回

京都の女子高に勤めるでぶ教師の再生の物語。

ミステリーに興味がある方は是非読んでくださいね。

 

■第12回

 

 こちらに特別な危害はないし、驚かされるようなこともないのだが、現れると決まってひたすら下世話な戯言を繰り返すから参るのであり、実際宗崎退職会議でもやつがごちゃごちゃ横でうるさかったせいで、被害に遭った生徒に「豚かなあ?」とか、吉田先生に「確かに巨乳ですね」とか考えてしまい、由々しき事件に燃え上がっていた私の正義感は大いに水を刺されたのである。
 ちなみに、そういうやつのその下品な性質は、はじめて出現した時から全然変わっていない。はじめて見た時というと、ひと月前、すなわち4月の半ばであり、例のオシツケオンパレイド開始から2週間が経過しどうやら松井の後任を任されているようだと私が疑いはじめていた頃合だったが、その日私は寝ないで作っても間に合わなそうだった「修学旅行集金立案」なる文書を根性で完成させ、フラフラの足取りで事務へ行き、出納係の女性へ提出しに行ったのである。仕事のストレスで2週間で18キロ増えるという不測の事態に見舞われたまま新学期を迎えていたため、確かに生徒達から謎の激太りを気味悪がられ臭がられていた私だけれども、しかしさすがにこの事務の女からは「お疲れ様ですー」とニッコリ言ってもらえると思ったのは、別段「この女に労をねぎらってもらいたいな」とか「仲良くなりたいですね」とか考えたからではない。この場合、その挨拶は「しかと文書を受け取りましたよ」というビジネス上の確認行為に相当するからである。
 だがしかし、その女は手元の帳簿か何かを見たまま仕事を続けているだけで何も言わなかった。「聞こえてないのかな」と思った私はもう一度言ってみたら、やっぱり返事はなく、すなわち無視である、とわかった私は腹の奥で点火した怒りの炎をすぐに抑え、「じゃ、お願いしますー」と言い、「彼女は仕事が忙しいんだろう」と無理に好意的に解釈して忘れてしまおうとしながら事務所から出たのである。
《せんぱぁあい!》
 その時だった。
《せんぱぁぁぁああ――い!!》
 馬鹿みたいな声、軽く裏声で、声の出し方をまったく制御できないやつ特有の声が、私を立ち止まらせた。
《ねえ、せんぱいって!せんぱいってば!》
 出納係の糞女は相変わらず机に目を落としていた。しかしよく見るとその背後に、巨大なスチールウールのようなものがある。男子学生のアフロであった。
《え?!なんすか、この女?!》
 その男に至近距離から指差されたその糞女、並びに奥で仕事をしている事務員達十数名のうちの誰もがその男に気づいていない、いや気付いていないというより、そもそもここは女子高、男子学生はいやでも目立つはずなのにその気配さえ感じていないのである。
《いやはや、いやはや!》ただ唖然とする私の前でカウンターを軽快に飛び越えたその男子学生はゆっくり近づいてきたのである。《確かにまあまあ悪くねえ顔です!うーん、確かに彼女は5年くらい前、そこそこモテたのでしょう!でも、性格が悪いから、チンピラレベルの、仕事のできない阿呆としか結婚できなかった!そして旦那がロクに金を稼がないから、あの年でもやりたくない仕事を続けなければいけなくなって、もっと性格が悪くなり、だから今、常識的な愛想のひとつさえ言えなくなっているんですねえ!はは――っ!!せんぱい!久々に戻ってきてみても、いやはやこの世は因果に満ちてます!》
 自分は彼からどうやら「せんぱい」と呼ばれているので、この男を以下便宜上KOUHAIとおくことにする。しかしローマ字にするのは特別な意味はなく、ただパーカーをかぶっていたりアフロヘアーだったり、いかにもラップを歌いそうというか、路上ダンスしてそうというか、全体的にビーバップな雰囲気が漂っているためだ。ちなみに数学人間である私はそっち方面のことにはかなり疎く、年下でも年上でも同い年でも、こういう類の人間と付き合った歴史はない。

(つづく)

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