寝る部

常識にとらわれない新しい〝快眠〟を日々探求しているブログ

連載ブログ小説『せんぱいせんぱいせんぱい乾杯、せんぱいサンライズ』第26回

京都の女子高に勤めるでぶ教師の再生の物語。 ミステリーに興味がある方は是非読んでくださいね。

■26回


「まあ、ともかく今は確かにこの部屋は必要はないかもな。よっしゃ。煉瓦を壊すくらい金もかからなそうやし、明日の職員会議ででもこの場所壊せないか聞いといたる」
「いえ、やっぱり結構です」と彼女は首を振った。
「は?なんでやねん」
「だってここはせんせいが頑張っていた青春の場所なんやろ?」
「せやけど、別に今は使てへんで」
「いえ、せんせいの汗と涙が染み込んだ思い出の場所を、私の一存で壊すなんて嫌や」
 と、中々かわいらしいことを言ってニッコリ笑いやがるので危うく彼女を大好きになりそうな私であったが、彼女が続いて「でも、今は中に何もなくなってるから、ちょっと勿体無いけど」と言ったから、腰を抜かしそうになったのである。
「お、おまえあそこ入ったんか?!」
「……はい」
「どうなってた?!」
「どうなってた、ってどういうこと?」
「中に何かあったか?!」
「いや、せやから何もなかった」と笑った。
「机は!?」
「言うかせんせい、なんでそんなに驚いてるん?確かにあんな無気味な部屋出られなくなりそうでちょっと怖かったけど」
「ええから、机は?!」
「そういうのもなかったで。中に電気がぶらさがってただけで、ほんまただの煉瓦で敷き詰められただけの部屋」
「ドアは壊れてなかった?!」
「ドア?あんな頑丈そうなドアが、壊れたことあるん?」
「…………」
「言うか、せんせい自分で見てみたらええやん。何?もしかして閉所恐怖症とかなん?」
「……まあそんなところや」
「せやけど昔は使ってたんやろ?」
「まあ、昔は……」
 かつて世間に広まった「携帯の電磁波が脳に悪い」という噂だって3年も経てば立ち消えた。ましてや13年前のことであれば、すっかり噂は消えてしまうものなのかもしれないと私は思った。はっきりとは確かめていないが、今の数研の部員達も何も知らないようであったし、だから下手に教えて彼女を怖がらせてもしょうがないと考えた私は「……年を取ると、逆にああいう場所が苦手になるものやがな」と完全に適当に誤魔化したのであった。
 そして、彼女がセーラー服の上に身に付けていた少し絵の具かなにかの汚れがついた黄色いエプロンが目に入ったので「そういえば、おまえは美術部で何を作ってるんや?」と素早く話題を変えてみると、彼女は嬉しそうな顔で「なんやと思う?」と聞き返してくる。
「昔の数研程じゃないけど、あたしだってかなり熱中してるものがあるんやで、せんせ。でもちょっと変やけど」
「変?油絵とかちゃうの?」
「ちゃう」
「彫刻?」
「ちゃう」
「ほなら、あれ、漫画?あ、やっぱ写真!」
 眞乗坊由希はなおも首を振り、答える代わりに誰もいない美術室に私を招き入れると、彼女が実に半年かけて作っている作品を見せてくれたのである。
それを見た瞬間、私は勉強好きで堅そうな彼女を敬遠していた気持ちが一挙に取り除かれてしまったような思いがし、それとともに、しかもそれがめちゃくちゃにうまくて泣き出しそうなほど大感動してしまったのである。『虹架ける橋』なる感動的題名がついたその作品は決して「あたしなりに頑張りましたー。下手でも許してね。」という甘ったれたレベルではなくマジ、本気と書いてマジ、素晴らし過ぎる出来映えだったのだ。
「あたしの作品、雑誌に載ったこともあるんやで」と彼女は得意気に言った。
「ほんまめちゃめちゃうまいわ……」
「最初はお兄ちゃんが作ってるんを隣で手伝ってるだけやったんですけど、そのうち段々自分でも作ってみたなってきて、いつの間にかあたしがハマってました」


 というのは、戦車プラモデル模型であった。そのジオラマは、第二次対戦中苦しみながら進軍を続けるドイツ兵が戦車の上で束の間の休息をしつつ空を見上げている風景だったが、その構図から、田宮のドイツ軍のタイガー戦車に施された砂煙や錆を表現したその塗装までなにもかも絶妙、まるでノルマンディーの戦いが手の平サイズに現出したかのよう。

(つづく)

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