寝る部

常識にとらわれない新しい〝快眠〟を日々探求しているブログ

在宅ワーカー必見!一人「働き蜂の法則」を使って家でサボらずに仕事する方法(25時間生活第44回)

「人間の体内時計が25時間だ」という説を鵜呑みにして、毎日を25時間、つまり就寝時刻を1時間ずつ後ろにずらしながら、睡眠時間7時間起床時間18時間の生活を繰り返すという偉業を続けていたら、先日イチローが断った国民栄誉賞の話が回ってきました。でも私も断りました。話が安倍から来たのは、この25時間生活の8周目を終え、9周目に突入という、世界的偉業が認められた時。確かに私は8周目を無事走りきったのです。

でもご存知の通り、誰かが断ったものをもらうのは少しいやですし、それになにより、安倍のメールの書き方が下手糞で、「どうせもらうんだろ、ちゃんとスケジュール合わせて皇居に来い」という雰囲気がにじみ出ているというか、そっけないというか、頭ごなしに授与式の日時と場所が指定してあるだけの依頼文。あちらが年上とはいえ、あまりいい気持ちがしません。もしかするとイチローもこれが理由で断ったのかもしれません。いずれにせよ私もイライラした感情を抑えながら、すぐ断りのメールを書きました。


RE:国民栄誉賞のご依頼について

ご連絡ありがとうございます。

とてもありがたい申し出ではございますものの、
東京に行くまでのスケジュールの調整が難しく
現段階では授与させていただくことが、
非常に難しい状態になっております。

またいつかご用意が整い次第、
そしてお互いのタイミングが合いました時に、
よろしくお願いできれば幸いです。

しかしながら今回このようなお申し出をいただいたことは、
私にとって名誉でないわけがありません。
このお申し出を励みにしてこれからも精進し「25時間生活」を
続けてまいりたいと考えております所存です。

どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

ツカル肩マデ

 

ちなみに断りの文章を書く時は、「しかし」の使い方がコツ。普通の人は「ありがとう。しかし断ります。」という構造で書いてしまいがちですが、プロは逆。「断ります。しかしありがとう。」の順番。こっちの方が印象がいいでしょう?

f:id:tsukarukatamade:20190408022929j:plain

さて。

そもそも私が寝たい時寝て、起きたい時に起きるというこの25時間生活を続けているのも、一応普段仕事をしているからです。ほとんど家でガンプラなどを作っていますが、仕事もします。特に最近はよく働いていて、毎日10時間ぐらいライティングしてます。10時間もライティングをしてたら本当に頭がぼーっとしてきて、自分でも何書いてんだかよく分からなくなってきて、それでも書き続ける過酷さがありますし、寝て起きた時に両腕がシビれているようなこともありますが、でもやっぱり、「家で誰も見ていないのにそれだけの労働時間を確保できる」ということはなかなか偉い。働き方改革が叫ばれる昨今、私に国民栄誉賞が回ってきた安倍の意図もそこにあるのでしょう。10時間。監視もなく、「いくらでもサボり放題」という状況下で、なぜ退屈な執筆作業を続けられるのか。これについて私は、しっかりと方法が見つけられているので、今から言います。

スタバとかで作業をするノマドは「デカい車乗ってる的」糞。

そういえば私は京都大学出身で、京都大学といえばかなり難しい大学ですので、一日一時間二時間の勉強だけではなかなか合格できない大学なので、必死で猛勉強したのですが、当時私が勉強を続けられたのは「予備校や図書館の自習室などを使って勉強した」というのが大きな原因でした。当時私は仮面浪人で、すでに一人暮らしだったのですが、家にいるとどうしても勉強しなくなるので外で勉強する方法を開拓しましたが、それじゃまだ甘い。「やらざるを得ない状況に追い込んでやる」って、当時の私はまだまだま若かったと、今思うのです。さすがに京大受験ほど目の色変えて取り組んでるわけではないのですが、今の私は、さすがに家にいてもあんまりサボらないで、10時間、割と人様に見せても恥ずかしくないような姿勢で仕事を続けられています。

「ノマド」とか言う言葉が一時期流行っていました。今も流行ってるのかよくわかりませんが、そういう人たちがスタバに行ってマックブック広げて仕事したりしているみたいです。若干そのスタイルってダサいですよね。ダサいというかスタバにいいように金吸い取られている感じがバカっぽいというか、「無駄にデカい車乗っている奴」的さむさが漂っているというか。

別に家でもやる方法はある。

簡単です。ましていちいち外に出なくてもいいので、変な出費もかからず済みますし、金なくて自宅で浪人しなければいけない受験生も使える方法なので是非参考にしてみてください。

1日長時間あんまり面白くないことをするテクはこれだ!

まず最初にやることは、「1日何時間働くかを特定する」ことです。ここは別に何の工夫もなし。単に締め切りから逆算して毎日どれくらいの時間働くべきかを導き出します。まあ勉強なんかの場合は「やればやっただけいい」わけで、なかなか毎日の勉強時間をどれだけ確保するべきかというのは答えが出ないことかと思いますが、そのような時は、「自分がこれだけやったらすごい!」「まさか!」みたいな時間にしたらよいでしょう。

そして導かれた数字が例えば「1日8時間」だったとします。ここからが斬新な方法なのですが、はっきり言ってその辺の自己啓発書なんかでは書いてないと言えます。大体あの自己啓発書というのも、いかにもノマド的ダサさがありますよね。だいた他の誰かが言ったことをリライトしているだけですので、Amazonか何かでうっかり買ってしまわないように気をつけましょう。

で、例えば「1日8時間」だったとしてどのようにそれだけの時間机に向かうことができるようにするかということですが、いくら自分で一生懸命意思力などを駆使しようとしてもそんなことできるわけがありません。私もかつてそれで苦しみました。実際私の「サボり本能」という気持ちは並大抵のものではありません。どこかゲーム依存症の〝気〟みたいなものを持っている面があって、何かにハマると止められなくなるタイプ。まだどうやって8時間机に向かうことができるようにするかという方法が見つかっていなかった時代には、そういえば、私はなんとパソコンのゲームなども全部消してそれしかできない状況を必死で作ろうとしたりしていました。全部消すのはもったいないから、せめてビートルズのmp3だけは残しておいたら、現在そのほとんどの曲がソラで歌えるようになってしまったほど。いかに私がサボりやすい体質かがおわかりでしょう。サボることにおいては私はそこら辺の人よりも明らかにプロ。そんな私がそれほど大変じゃなくその決めた時間だけ仕事をできるようになったのは、とある方法を思いついたからなのです。

じゃあそれについてご説明します。

その決めた時間を、「0.8」で割ります。例えば1日8時間働くとしたならば0.8で割ると10。

そして「10時間働く」と考えて、スケジュールを立てます。何時までにこれをして、何時に昼飯を食べて、何時に夕飯を食べて、夜は何時まで働いて、何時に寝るという風に、10時間で働くパターンでスケジュールを立てます。

お分かりでしょうか。

それで仕事をすると、ちょうど8時間働くのです。

私がこの方法に思いついたのは「あ俺なんか、8割程度で自分が満足する傾向がある」ということに気づいた時でした。10割やってしまうことがなんとなくもったいないような気がしちゃう。なにをするにも8割くらいが心地よい。

だからまず0.8で割ってそちらを目標時間として全てスケジュールを立ててみると程よく2割サボって、ちょうど決めた時間だけ働くようになったのです。

例えば4時間毎日勉強しようという受験生だったらどうでしょう?「4」を0.8で割るといくつになりますか。5時間。つまり4時間勉強したいならば、「5時間勉強する」つもりで、何時から始めたらいいかとか、何時には何をしていなくちゃいけないかとかいうことを考えてスケジュールを立てる。そうすると見事に4時間勉強します。これ、間違いないです。

一人働き蜂の法則

そういえば「働き蜂の法則」というものがあります。2:6:2でしたっけ。どんな集団であったとしても、そのうち2割「真面目に働く人」がいて6割「普通の人」がいて2割は「サボる人」が出てくるというあれです。しかしこれは集団ではなくて、一個人にも言える。総労働時間のうち、2割真剣に取り組む時があって、6割普通の時があって、2割サボる。人間は大体「8割ぐらいできればいいや」と考えるように仕組みがあるのかも。「2割ぐらいなら別にサボっても大きな支障は出ないでしょ……」って考える癖が、もしかすると脳のDNAにプログラムとして最初から埋め込まれているのかもしれませんね。

だから逆にそれを見越して、基本的に8割できればいいぐらいの感覚でスケジュールを立てるというわけです。

バイト中時計を何回も見ないコツは

要するにこれは思考を騙しているわけですが、これはバイトなどでも使えます。私も下積み時代が長い男で、バイトしている期間はかなり長くありましたが、バイトをしているといつも「あーあ。あと30分もある……」とか、「はあ。あと1時間もあるのか」とか思ってしまっていました。そして何回も時計を見て、全然時間が進んでいないことに嫌気がさし、ただ苦しみの中で上がりの時間までを過ごすこととなります。苦役ですよね。

こういう時も思考を騙すのが有効です。

あがりの時間を、現実通りに考えるからいけない。

例えば20時があなたのバイトの上がり時間だったとします。これが現実。しかし頭の中では「22時までバイトが入ってる」と考えてみるのです。それで「もしも22時までだったとしたらどんな気持ちになるか、どんな1日になるか」を考えてみます。20時ではなくて、22時だったら寝る時間もさらに遅くなることでしょう。

そうすると、なんか20時に帰れることに感動が湧いてきます。たとえそれまで長時間働いていたとしても、なんか得した気分になるのです。結局苦しみなんて、相対的なもの。もっと苦しい状況を想定すると、かなり長時間苦しい作業があったとしてもあんまり時計を見ません。

 

いやー。

この寝る部も、他の誰かが言っている意見ではないオリジナルの意見でありながらとても有益なことが言えたのではないでしょうか。

では25時間生活。

9周目も頑張っていきます。

じゃあな。