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お盆到来!俺が子供の頃に寝られなくなるほど怖かった3つはこれだ!「冒険書抹消」「テレビのお詫び」「○○○」(25時間生活第55回)

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こんにちは。

私は「25時間生活」と称して毎日就寝時刻を1時間ずつ遅らせながら生活を送るという、まったく新しいライフスタイルを送る京都の男です。去年の10月から始めたこの25時間生活。今や完全に私の生活の常識となり、14周を過ぎて、今日は16時に寝る予定。

いまのところ結構快適で、特に改善の余地もないので、最近はこのブログを更新するよりもブコメを書くことの方が多くなりました。笑ったり、ムカっとしたり、確かになかなかいい暇つぶし。

さてそのブコメなのですが、映画かなにかの影響で「ドラクエ」の話題がよく出るのですが、ふと私が子供の頃に怖かったものに思い当たりました。

大人になった今は、なんであんなことが怖かったのかまったくわからなかったりもしますが、今はせっかくお盆の時期なので、それを3つご紹介します。「怖さのツボ」は人それぞれですし、よく意味がわからないかもしれません。でもちょっと共感してもらえたり、「俺はこうだったなあ」とか思い出したりしてみていただけたら嬉しいです。

俺が子供の頃怖かったものその1――ドラクエの冒険書が消えること

「ドラクエの冒険書が消える」と言うと、「今までせっかくレベルアップしたのに一挙にその努力が無になった」という点ばかりがフィーチャーされますが、しかし私は、そんなことよりもなによりも、怖さのショック、ホラー的ショックがでかかったのです。

なにせ「冒険書が消えたということをゲームが言う」というのが不可解。「おまえを食べてやる」的怖さ。データが消えるなら勝手に消えててほしい、それで私が「あれ、なんか消えてるぞ!」って気づくならあんまり怖くないですが、わざわざ、おどろおどろしい音楽と共にそれを伝えてくるのです。「おい、いったいお前は誰だ!」というとてつもない怖さがあります。ゾーマより怖い。いや、急に隣に堀井雄二がいたみたいな怖さと言いましょうか。ゲームに集中してたら、「あれ、なんか加齢臭がするな」と思ってちょっと横見たら、隣に堀井雄二が普通に座ってたみたいなとんでもない怖さなのです。

しかもあのメッセージには、一切悪びれている様子はありません。訴訟を意識しているのかもしれませんが、むしろなんかこっちが悪いとでも言いたげなでかい態度、そんなアメリカンスタイルにも少し怖さの要素があります。

実際、私の冒険書が消えたのは、普通にドラクエ3をやっていた時に、夕立の雷かなんかで一瞬停電して、それで復旧した時でした。

あの「ディリディリディリディリ……」がありました。

「うわぁああああ!」

私は大急ぎで階段を降りて、家族がいるところに走りました。

とにかく家族の顔が見たくなりました。

ちょうどその時、姉と母が一緒に洗濯もんか何かをたたんでいるところでした。「なに真っ青じゃない」と、私の普通でない様子に彼女達が驚いていたのを覚えています。それで事情を説明し、姉に一緒に状況を見てもらうという運びになりました。確かに、「勇者」としては少し頼りない行動ですね。

俺が子供の頃怖かったものその2――テレビの「お詫びと訂正」

何かテレビで間違った情報を伝えたりした時に、後でニュースキャスターなどがそれについてお詫びをするというのはよくあります。発掘あるある大事典などでもありました。あれがなぜか子供の頃とてつもなく怖かった。あれは一体なんで怖いのでしょう。大人になった今も理解ができません。ニュース速報も結構怖いです。

よく覚えているのが「テレビチャンピオン」。

なんでも、その先週の放送回で、審査の方法に手違いかなにかがあったとかそういうことで、そのお詫びと訂正をすることになったわけだったのですが、普通に観てたら、コマーシャルかなんかが終わったタイミングで、なんか急に田中よしたけと松本明子が神妙な顔でこっちを見ていたから驚きました。

彼らは「先週の放送で……」云々みたいなお詫びを告げて、こちらに頭を下げました。

その時、私は絶叫しそうな恐怖に襲われました。

俺が子供の頃怖かったものその3――自打球

私はリトルリーグで野球をしていました。

とにかく自打球が怖かった。デッドボールもかなり怖いですが、あんな危険なことをよくやるなと思います。それでいて当時の野球界はスポ根もスポ根、水は飲ませないみたいな時代でしたからゴリラみたいな監督が「ボールを怖がるな!」みたいなむちゃくちゃのことを言ってきたのをよく覚えています。怖がるなっつったって、怖いものは怖いでしょ。

まとめ

やっぱドラクエで冒険書が消えた恐怖はすごいものがありましたね。消えたくせに、なんか「おまえが悪い」みたいな態度も怖い。

でもあれは堀井雄二の意図だったのでしょう。いや、それどころか、毎回タイトル後に緊張させられるあの「恐怖心」こそが、もしかするとドラクエの魅力や話題性を超強烈に引き立てていたのかもしれない。少し意地が悪いやり方ですが、いわばファミコンの機能性の低ささえ〝利用〟して面白くした。そのあたり、やっぱり堀井雄二は天才であり、やっぱりあのゲームはまさにゲームの中のゲーム、とんでもない大傑作だったんだなあと大人になったいまあらためて思います。

氷河期世代。

でもそんな大傑作をリアルタイムでプレイできた点だけは、唯一恵まれていたといえるでしょう。